丙午(ひのえうま)A「丙午」: 言って得する「日本語の語源」

2011年06月29日

丙午(ひのえうま)A「丙午」

さて、前回は干支(えと)の語源について書きました。
十干と十二支の組み合わせで、「えと」ということでした。
1924年の干支は「甲子」。甲子園球場はこの年に建てられました。
このように、干支は日本人にとって身近な存在なのですね。

さて、今日はそこから踏み込んで、丙午について述べたいと思います。
なぜ丙午が忌み嫌われているのかは、実は干支が持つ
五行(木、火、土、金、水)の要素が関係しています。
十干にも五行があるように、十二支にも五行が配されています。
bf6dc119.jpggogyoucc_1.jpg

表からわかるように、十干の「丙」と十二支の「午」の五行は、
いずれも「火」の要素を持っています。江戸時代の初期以前から、
「丙午の年は、火災などの厄災が多い」という迷信が生まれ、
それが「丙午生まれの人は性質が激しくなり、特に女性は夫を
尻に敷き、早死にさせる」という迷信へと転化したようです。

明治時代になっても、迷信は信じられ数多くの赤ん坊が
間引きされたと言われています。戦後になっても、かわらず、
1966年の丙午の年には特に農村部で妊娠中絶が多く行われ
出生数が極端に減少しました。(136万人941人)
480px-BirthDeath_1950_JP.svg.png

ただ、近年では秋篠宮文仁親王妃紀子さまも丙午年の生まれ
であることから、迷信も薄れつつあるようです。

十干と十二支の組み合わせは10と12の最小公倍数である
60年に1回の割合で訪れます。つまり、この干支が一周すると
60年で還暦というわけです。次の丙午は2026年です。
影響はあるのでしょうかね。(表内の43番が丙午)
rokujyukkannshi.jpg

ただ、四柱推命では、丙午の「火」要素が影響するのは
「年」ではなく「生まれた日」とのことです。
生まれ年はともかく、生まれ日ばかりは、コントロールできませんよね。

posted by 語源な人 at 00:00| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 語源 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
家の近くに庚申塚なんていう地名がありました。
庚申も干支ですね。
(どうやら庚申信仰っていう宗教からきてるらしいですけど)

うちの姉ちゃんの学年が丙午で(姉ちゃんは早生まれだったので、次の年ですけど)、やっぱり特に女の子が少なかったらしいです。気性が激しくなるとかって嫌われたそうです。
Posted by マナブ at 2011年06月30日 02:56
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